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福岡地方裁判所久留米支部 昭和24年(ヨ)51号 決定

佐賀県三養基郡

申請人

日本タイヤ株式会社旭工場労働組合

右代表者

執行委員長

東京都

被申請人

日本タイヤ株式会社

佐賀県三養基郡

日本タイヤ旭工場

被申請人

右代表者 工場長

主文

本件申請は之を却下する。

理由

申請人の申請の当否を判断する前に被申請人会社の所在地が東京都であり申請人所属の従業員の事業場が佐賀県三養基郡である関係上土地管轄の点に付いて多少疑問の余地があるので先ず此の点に付いて考察すると本件の場合被申請人会社が主たる事業場を日本タイヤ久留米工場に置き又被申請人工場が右久留米工場の分工場たる関係にあること及申請人組合が所属し且共に被申請人会社との労働協約の当事者であるアサヒ従業員組合連合会が久留米市に事務所を有するところから申請人被申請人間の労資交渉(経営協議会等)は従来すべて久留米において行われて来たことは公知の事実であるから斯る労働法関係の特殊性を考慮するときは本件労働協約に関する係争事件に付ては当裁判所に其の特別管轄があるものと認めるのが妥当であると考えられる。又本件は当事者間の労働協約上の係争関係であり右協約の締結者はアサヒ従業員組合連合会及各単位組合と認めることが出来るから申請人組合が単独に本件申請をするも何等失当ではなく、更に組合員の解雇の問題と雖も右協約に準拠しないことを以つて争うものであるから組合員個人の外に組合としても之を為し得るものと解すべきで本件申請に関して申請人組合が当事者適格を欠くものとは謂い得ない。

よつて次に本件申請の当否について審究すると当事者双方の審訊の結果及疎明方法を綜合して左記のような結論に到達する。即ち

(一)  申請人組合の所属する前記アサヒ従業員組合連合会と被申請人会社との間に昭和二十二年三月十九日附で締結された労働協約に依るとその第十一条には該労働協約の有効期間は右協約締結の日から一箇年とし期間満了一箇月以前に双方から改廃の意思表示がないときは引続き六箇月間継続するものと規定されている。而して右協約の趣旨は当事者双方とも改廃の意思表示をしないで従来のまま存続させる意思があるとき其の存続期間を六カ月延長するとの意で被申請人から右期間満了の一箇月以前である昭和二十三年二月十七日迄に右協約を改廃する意思を組合宛通告したことも窺はれぬでもないし、本件協約中には従前の協約に代るべき協約が締結される迄はなほその効力を存続させる等の特別の規定がないから労働組合法第十九条第二十条の精神からして仮りに当事者間に改廃の意思表示がなかつたものとしても遅くとも昭和二十三年九月十九日の期間満了と共に失効しているものと解するのが妥当である。のみならず本件申請は組合員の解雇の効力に関する限りに於て労働協約の存否が争はれているに過ぎず而も後段に於て説明するように協約の存否に拘らず同一に事を論ずる必要があると解するから本件で労働協約の存続の仮の地位を定める仮処分は其の必要がない。仍て申請人の右仮処分申請は失当と謂わなければならない。

(二)  次に被申請人等は昭和二十四年六月四日申請人の組合員で被申請人等の従業員である別紙名簿記載の百五十三名を一方的に解雇する旨の意思表示をなすに至つた。そして被申請人が右解雇をなすに至つた経緯は公平な選考基準に従つて之を為し申請人主張のように組合の弱体化を企図したものでなく後段説示のように企業の合理化の為止むを得ないものであることを推認するに難くない。即ち被申請人工場は終戦後自転車の製造を始め同業の普通の水準に接近する迄に莫大な犠牲を忍び工場の維持に努力して来たが毎年生産資材である鋼材の〈公〉の高騰と賃金の飛躍的上昇に因り製品の価格改訂に拘らず収支の不均衡の為め赤字経営を招き経営難は累加しつつも従業員の生活維持と事業の継続とを計つて来たところが昨今に至つて国家の産業経済は経済安定に関するマ書簡所謂経済九原則並ドツヂ公使声明に基いて自主経済の復興及安定の達成を目標として輸出第一主義、能率向上、集中生産主義等の諸方策が強力に推進されねばならないことになり工業経営者においても之に順応して急速に経営合理化を計り自主経済の健全化と従業員の生活の安定を実現しなければ企業自滅の結果を招来することは必然であり此の為経理の面から従業員の数を或る程度整理しなければならぬことも止むを得ない措置であつて被申請会社に於ても被申請人工場は独立採算の要あり近く又独立して新会社設立に直面して居り従来の従業員の賃金ベースを維持しつつ製品の〈公〉価格との採算上生産原価の低下を計る為には生産費に対する人件費を一定の限度に止める要あり従つて平均生産目標五千台として全従業員六百七十名余の中約百五十名程度の整理は之を避けることが出来ない状態にあることが窺はれ被申請人工場の経営の継続及多数残存従業員の生活維持の為め止むを得ない必要から前記解雇が為されたものと一応認めない訳にはゆかない。然しながら他面に従前の当事者間の労働協約に於ては被申請人が従業員を解雇するには予め申請人組合の諒解を得て之を行うことになつて居たもので前述のように右契約の失効によつて爾後申請人組合に被申請人会社(工場)と対等の立場に立つて交渉する権利がなくなつたものと見るのは早計で矢張り前記協約に規定されていたような従業員の解雇等組合員にとつて重大な利害関係のある事項に付いては組合の諒解(同意)を得て円満に解決さるべきことが労資対等の原則乃至フエアプレーの精神に鑑みても至極望ましいことであつて此の事は現に本件協約失効後においても経営協議会等が運営されて来ている事蹟に徴しても明である。従つて被申請人としては前記解雇を実行するに当つては一応申請人組合の諒解を得て行うべきこと勿論であるが申請人側に於ても右解雇が前述の必要に出たものである以上経済の自立、生産の増大、従つて被申請人工場の経営の維持ひいて国民生活の安定の要求を犠牲としないことを根本理念として之を諒解する義務があり、之を考慮しないで解雇に不同意を称えるのは正当の理由のない同意拒絶と謂はねばならぬから該解雇の効力を左右するものではない。而して申請人側は従前の経営協議会によつて被申請人工場の経理の苦境、従つて今回の人員整理が必至の時機に到達して居り其の実施の遷延は究局に於て被申請人工場の経営の行詰りを招来し、全従業員の為にも不利益な結果となることを充分洞察して居たし、昭和二十四年六月四日の協議会で被申請人側から詳細な経理状況の説明を聞き工場再建案による整理の案を示されて、之を検討して右整理は申請人側も当然甘受しなければならないことを認識し同月六日及其の後も被申請人側と団体交渉を重ねて充分右整理案の再検討の機会を与えられ他面被申請人側は退職金の支払等に十分の誠意を披歴したに拘らず申請人は速に誠意ある諒解を与えて居ないものである事実が認められるから右は正に同意権の濫用というのほかない。従つて申請人の同意のないことは被申請人の本件解雇の効力の発生を妨げるものでなく右解雇は此の点からしても無効であると解することは出来ない然も申請人組合中本件被解雇者は全員の二割強に過ぎず又右解雇者中には既に止むを得ないものと承認して居るものもあることも窺はれ申請人組合として被申請人側と円満解決の為め交渉を継続するに付て被解雇者に対する右解雇の効力を停止する仮処分をするまでの差迫つた必要がある事情は認められないから右仮処分を求める申請も認容することは出来ない。

(三)  更に申請人は被申請人が前記組合員になした就業拒否の意思表示の効力停止の仮処分を求めているが本来労働者が使用者に対して労務給付の受領を求める権利は労働協約等に特別の定のない限りこれを否定すべきである。使用者は賃金支払義務を尽くせば足り従業員の労務給付を受領すべき義務を負うものではないから此の点に関する申請人の右仮処分申請も理由がないそれで申請人の本件仮処分申請は理由がないものとして却下すべきものとして主文の通り決定する。

別紙省略

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